オーストラリアにおける日本語教育事情

オーストラリア国立大学 池田俊一


池田俊一氏

 ご紹介に預かりましたオーストラリア国立大学アジア研究学部日本センターという所で教鞭をとっております池田俊一と申します。よろしくお願いします。先ほど米田先生の方から最初に私のプリントハンドアウトと泊先生のハンドアウトが一緒に綴じられているということですけれども,私のハンドアウトは1枚しかないものですから間違えられてしまったようで,みなさん他の先生方のハンドアウトは十分準備されて3枚4枚,それ以上の方もいらっしゃいますけれども,私のは1枚だけの簡単なもので申し訳ありません。言い訳としましては,オーストラリアは今真夏で12月から2月末まで夏休みですので私も夏休みモードに入っておりまして,この講演の報告をせよという指令を国立国語研究所からいただいた時に「あ〜,まだまだ先だ」と思って怠けておりまして,ついにその当日が来てしまいましてこんなものでちょっとお茶を濁して申し訳ありません。ただオーストラリア人の名誉のために申し上げておきますと,オーストラリア人がみんな怠け者ということではありませんので,これは私個人ですので。
 私の報告はオーストラリアにおける日本語の位置づけといいますか,地位という言葉をこのシンポジウムの共通テーマとしてこの言葉を使っているようですけれども,位置づけといいますか日本語というものがオーストラリアでどういうイメージを持って受け取られているかということに的を絞りたいと思います。オーストラリアという国についてですが,もちろんみなさんオーストラリアというのはどういう国でだいたいどんな所かという漠然としたイメージをお持ちでしょうけれども,今日他の国々の発表があるわけですがアメリカとか韓国とか中国とかインドネシアとかある程度みなさんよくご存じだと思うんですけれどもオーストラリアというのは何か分かっているようでなかなかこう漠然としたイメージがあると思いますのでとりあえずそのオーストラリアという国について背景としてちょっとお話をしてそういう背景の中で日本語がどういう受け止め方をされているかということをお話ししたいと思います。ちょっと地図をお持ちしましたので,最初にご覧にいれますけれど,後ろのほうの方たぶん遠くてご覧になれないと思います。今,回しますけれども,これが正しい世界地図ということでちょっとお見せします。みなさんの方からご覧になって普段見慣れている地図と違うと思うんですけどこれがオーストラリアでは the Authentic Maps of the Worldですね。正当な世界地図ということになります。なにもその北半球が上になければいけないという理由はこの宇宙の中で全くないわけで,便宜的に北・南と分けて北半球が上になっているのが普通ですけどオーストラリアが上にあっても構わないわけで,これが正当な地図ということです。ただしこれはもちろん学校では使われておりません。これは観光客用のおみやげ用の地図です。とりあえず回します。まずこの地図をご覧いただいたのは,オーストラリアというのは実は日本の真南にありまして北半球・南半球の違いはありますけれども東経135度,ちょうど明石のあたりを日本では通っているんですけど,それがオーストラリアのちょうど真ん中辺ですね。オーストラリアでいいますと南オーストラリアの辺りを通っている。直行便で飛びますと,だいたい風向きにもよるんですけれども8時間半から9時間で直行便で日本とオーストラリアを行き来できるという,遠い遠いと言われていますけれども意外と近い。経度がほとんど同じですので時差が無い国ですね。ですからオーストラリアに行かれた方はご経験があると思いますけれども,時差ボケとかそういうことはあまり経験しなくてもいい。東海岸の時間では時差は普通は1時間で今はオーストラリアは夏時間を使っていますから時差は2時間になりますけども,そういう国です。地理的な大きさで言いますと,実はアメリカ合衆国のアラスカ,ハワイを除いたいわゆるアメリカの本土の部分とほとんど同じ大きさなんですね。東海岸と西海岸の距離もアメリカとほとんど同じです。ただ人口はアメリカが約2億に対してオーストラリアは1千9百万。約2千万ですから1割ですね。同じような国土にオーストラリアの場合はその1割しかいない。日本はこの小さな国土に1億2千万ですか3千万ですか,そのくらいになっていますから,オーストラリアの人口はいかに少ないかということがお分かりいただけると思います。ちなみに日本の21倍の大きさです。さっき申し上げたように,南半球ですからすべて季節が逆です。そしていろんなことが逆ということになるんですけれども。歴史的なことをちょっと簡単に申し上げておきます。みなさんのイメージでオーストラリアというのはやはりイギリス人をもともと先祖に持つ人たちの白人の国というイメージが非常に強いかと思いますけれど当初は確かにそうだったかもしれませんが現在ではいろいろな国から移民を受け入れておりまして多民族,多文化の社会ということなります。アメリカもいろいろな移民がたくさんおりましていろいろな国からの人を受けていますけれども,大きな違いはたぶん地理的に中米,南米から遠いということでいわゆるラテン系ですか,ヒスパニックですね,スペイン語系の国々からの移民は極めて少ないという特徴があります。あとはだいたいいろいろな地域から,ヨーロッパ,アジア,アフリカ,中東,そういうところからいろいろな人がオーストラリアに来て,今のオーストラリアという国を形作っています。オーストラリアの国は,現在のオーストラリア連邦という国は1901年に結成されて,国としての歴史はまだ100年近くしかありません。6つの州と2つの特別地域,一つは北部人州と言われているNorthern Territoryというダーウィンという所がある地域ですが,キャンベラ,首都キャンベラがあるACT,Australian Capital Territoryという首都特別地域,アメリカのワシントンDCに似たような特別な地域があります。それぞれ州の力が非常に強い国で,ある意味ではアメリカの州よりもそれぞれの州の力が非常に強くて,それぞれの州にオーストラリア英語ではPremier (プレミア)と呼んでいますけれども,州の首相がいて,首相の議会があってというような感じでいろいろな面で連邦政府と切り離していろいろなことを行っております。教育の面でも後でまた少し触れますけども,非常に州の力が強いので日本の文部科学省のような全国を統一するような強い中央からのいろいろな政策とかそういうことはオーストラリアではほとんど見られません。オーストラリアと日本の間の歴史ですけども,個人個人のレベルで例えば明治時代の初期にすでにオーストラリア人のブラックという人が『快楽亭ブラック』と言う名前で落語家になって日本で活躍していた,そういう時代があります。それから日本人の志賀重昴(じゅうこう),志賀重昴(しげたか)という人がオーストラリアの方に旅行してその旅行記を書いたり,そういうレベルでの交流が始まっていましたけれどもオーストラリアにとって日本が非常に身近と言いますか,不幸な忌まわしい経験ですけれども,戦争によって日本というものを意識するようになりました。これはあまり日本人の間で知られていないんですけども,いわゆるこの前の第2次世界大戦,太平洋戦争の時に日本はアメリカと戦ったという意識が非常に強いですけどもオーストラリアがやはりアメリカと同じ連合軍で日本と戦った,特に南太平洋からパプアニューギニアの辺りは日本はアメリカと戦ったのではなくて,オーストラリア軍と戦っているわけですね。日本人の意識にはあまりオーストラリアと戦争をしてオーストラリア人を傷つけたとかオーストラリア人を不幸な目に遭わせたとかそういう意識はないようですけれども,オーストラリアにとっては日本が唯一の敵国であり本土を攻撃された唯一の国は日本なんですね。ダーウィンに爆撃を何回か行っていますし,シドニー湾まで潜航艇が行って爆破して被害を与えたり,そういう忌まわしい歴史があります。ですからある意味では,戦争を通じてオーストラリアは日本という国を意識し始めたということになります。戦後1957年に通商協定が結ばれてそれ以来経済的な結びつきを中心として今の関係を続けてきていますけれども,現在ではオーストラリアにとって日本は輸出の面でも輸入の面でも第一の相手国ですから,いわば1950年代60年代日本にとってアメリカが非常に頼りになる自分の国を助けてくれる唯一の国というイメージと同じような感じでオーストラリアは日本という国を見ているわけです。地理的にアジアに位置していて60年代から国の政策としてオーストラリアはアジアの一員ということを提唱し始めました。いわゆる悪名高いと言いますか白豪主義,白豪政策というのがずっと続いていたわけですけれども,議会で1967年にそれは撤廃しようじゃないかという動きが出て,正式には1974年までその白豪政策・白豪主義は続いていたのですが70年代からはそういうのもほとんどなくなって,さっき申し上げたように日本のみならずアジアからの移民もずいぶん増えていますし,特に75年にベトナム戦争が終結した後,ベトナム難民をかなりの数で受け入れています。現在のオーストラリアの社会というのは多文化主義,多民族主義ということですが,これはアメリカの移民受け入れ政策と似ているところもありますけれども少し異なっている。つまり主流の文化に同化する必要はない,自分たちの文化・言語を保ちながら,なおかつ一応オーストラリアは英語を媒介とした教育体系ですとか仕事の面でも英語を使っていますからそこに慣れてもらわなければいけないけれども,自分たちの民族の文化・言語はできるだけ保つようにというそういう政策を進めています。一つの例としてはSBS(エスビーエス)ですね,Special Broadcasting Systemというテレビ局がありますけれども,朝5時から朝10時まで30分刻みでいろいろな国の言語でそれぞれの国のニュースを流している。例えば日本の場合はNHKニュース,7時のNHKニュースが翌朝5時半から6時までという朝非常に早くて大変なんですけれどもその時間に流されています。まさに7時のニュースそのままですね,日本語で流されていますしウクライナ語ですとか,ロシア語とかアラビア語,フランス語,ドイツ語,クロアチア語,そういうようなそれぞれの国からのニュースが30分刻みで放送されています。それからオーストラリアにいらした方はお気づきと思いますけど,電話番号簿ですとか何かを開くと必ず25ヶ国語ぐらいで,「もし英語がわからない場合はここに電話してください」ということがそれぞれの国の言葉で書かれている。そういう風にいろいろな国から来る人の便宜を図るそういうような政策を進めています。以上がオーストラリアという国の駆け足でちょっと分かりにくいかもしれませんけれども,背景としてちょっと頭に入れておいていただきたい点です。私の1枚だけのそのプリントの一番最初に,はじめに,と書いて言語の地位に関する要因というのは,先に発表していただいた菅井さんの要点をちょっと拾ってはじめにくっつけておきました。私の報告とそれからほかの方々の報告のときにこういう要因をちょっと頭の片隅に入れておいていただければ日本語の位置づけということに役に立つのではないかと思ってちょっとそこに入れておきました。オーストラリアの日本語教育ですけれども,まず一番特徴のあるのは初等・中等教育段階での日本語教育が非常に盛んだということです。例えば,これは国際交流基金の1998年の調査結果ですけれども,国際交流基金のWebページをご覧になった方はもうこれはご存知だと思いますけれども,98年の段階で初等・中等教育つまり小学校・中学校,日本の高校1年生まで,オーストラリアの場合は,小学校は日本と同じ6年ですがそのあと日本の中学1年から高校1年に当たる4年間がオーストラリアではハイスクールと呼ばれていまして,その10年間が一応義務教育となります。その初等・中等教育機関での日本語を教えている数は1,649ですね。高等教育機関,これは大学とか専門学校とかも含みますけれどもそこで69,その他民間ですとか友好団体,豪日協会のようなAustralia Japan Societyですねそういうところの団体の機関で教えているところが26で合計1,744,学習者数で言いますと先ほど申し上げた初等・中等教育の学習者数は296,170,高等教育が9,593,その他が1,997で全体として307,760という数字が国際交流基金の統計で出ています。ですから初等・中等教育段階での29万は全体の30万のうちの97%を占めています。これはどういうことかと言いますと,例えば小学校で日本語を教えるというのは先ほどの四倉先生のご報告ではアメリカでフレスとかフレックスに分けてここに書いていらっしゃいますけれども,語学だけを単純に教えるかそれとも語学に付随した文化も教えるか,ということでオーストラリアの場合ではその両方ですね。低学年の方,例えば小学校1年生とか2年生の方は週に1時間とか2時間ですけど,高学年になりますと週に3時間とか4時間教えているところもあります。半分ぐらい語学で半分ぐらい文化,語学というのも文法を投入するとか会話を教え込むとかそういうことよりもむしろ日本語に慣れ親しんでもらって,考え方としましてはその日本語を通じて「あぁ,こういう考え方の違う人たちがいるんだ」という文化的な背景ですからある意味では日本語を習得して将来日本語を使えるようにしてもらうというよりもひとつの言語を学ぶことによって言語の持つ文化つまりその言語を使う人々の考え方そういうことを知ってもらう自分たちの使っている英語以外の国々の人々の考え方を知ってもらうそういうような意図がかなりあるように思います。小学校ではだいたい校長先生の意向が非常に強いので,ある学校の校長先生は自分の学校は例えば日本語を教えるとか中国語を教えるとかインドネシア語を教えると決めると,その小学校は全部1年生から6年生までその言語をやるということになります。ご想像なさることができると思いますけれども,一度その言語を決めてしまうとそのための先生を雇い入れるわけですからその言語を変えることは非常に難しいですね。例えばインドネシア語を選んでインドネシア語をずっと教えている学校が校長が変わってその校長が例えば日本語を導入したいと思ってもやはりインドネシア語を教えている先生をどうするかということになりますし,あらたに日本語の先生を雇わなければいけないということになりますから,その辺の問題があって一度選ばれてしまうとその学校はずっとそれを続けるということが多いようです。もちろん定評がある学校で日本語を教えているからそこへ行けば非常に日本語が学べるということが定着しますと日本でいういわゆる越境入学ですね,そういうことをしてまでもその学校に子供をやる親が増えてきました。例えばシドニーに日本人学校がありますけれども,昔は駐在員の方々の子女がその学校に通っていまして,千人くらい日本人の子女がその学校に行って日本から選ばれた校長先生と教員がいわゆる日本の普通の小学校で教えている方々が日本の学校を休職されてシドニーに行って2年とか3年とか教えてまた日本にお戻りになるというそういうシステムでしたけれども,最近の傾向では日本人の子女の入学が減少してオーストラリア人の子供たちがその学校に入っている。現在では300人くらい,学生数の1/3くらいに減ってしまって,そのうちの半分くらいがオーストラリア人の子供だということを聞いています。もちろんオーストラリア人の子供ですから全部日本語で授業を受けられないので英語で授業を受けてさらに日本語を学んで,音楽ですとか体育ですとか美術ですとか,ある程度一緒にできるものは日本人とオーストラリア人が一緒に学んでいるようですけれども。中学になりますとオーストラリアでyear 7ですね,7年生,日本でいうと中学1年生にあたるその学年はそこまでは外国語は必須になりますのでどれかを選ばなければなりません。中学は一つではなくて一つの学校もありますけれどもだいたい2つ生徒に外国語を選んでもらえるように2つの言語を教えているところが多いようです。ただし8年生ですね,日本でいう中学2年生から10年生,日本でいう高校1年生までの3年間は選択になってしまいますので語学を選ぶ学生は減ってしまうということになります。高等教育ですけれども,オーストラリアは先ほど申し上げましたように大学の数は人口が少ないということで全国で39大学しかありません。そのほかのいわゆる専門大学のような所ですねTechnical Collegeですね,農業のための専門大学ですとかそれからAustralian Institute of Sportsというスポーツ体育学院のような所ですとかLoyal Military Collegeという軍事専門大学ですとか,そういうようなところが12あって,さらに高等実業専門学校とでもいいますか向こうでTechnical and Further Education というTAF (テーフ) と呼んでいますけれどもそういう機関があります。そこで日本語を教えている機関が非常に多いですね。大学の場合は全大学で少なくとも日本語を専攻ができないまでも日本語プログラムを設置しています。ですからオーストラリアの大学はどこへ行っても一応日本語は学べるということになります。昔から日本語を教えている大きな大学の学生数がここ2,3年減少して非常に心配している方もおられますし,そういう論調が例えば国際交流基金の先ほど申し上げたWebページにも大学での学習者数の減少が見られるという風に書かれていますけれども,実は全体としては学習者数は減っていない。むしろ初等・中等教育で日本語を教える学校も増えていますので,その下から上がってきて大学でさらに日本語を続けるという学生の数は増えています。ただいろいろな大学でプログラムを設けて日本語を教えるようになっているので一つの一つ機関の学習者数が少し減少気味ということはあります。ちなみに私のおりますオーストラリア国立大学ではだいたい1994年95年ごろからここ8年9年か10年ちかくはだいたい学生数は同じですね。日本語専攻の学生は全部で250,260名ぐらいでしょうか毎年。ここ2,3年は漸増,少しずつ増えている傾向です。オーストラリア国立大学は全学生数,大学院生も含めまして1万人ぐらいの大学ですけれども,そこでの日本語専攻が250から260名くらいということになります。オーストラリアではその他の日本語を教えている機関はいわゆる民間の日本語学校,これは人口の多いシドニー400万人,350万のメルボルン,そういうところで民間の学校があるようですけれども,そのほかのところはやはり人口が少ない町が多いのであまりみられません。その代わりいわゆる友好団体ですね,豪日協会と呼んでいますけれどもAustralia Japan Societyというような協会がいろいろな所にありましてそういうところで語学のプログラムを設けてそれぞれ小さな町とかそういう所でも日本語が学べるようなそういう体制になっています。先ほど申し上げた初等・中等教育および高等教育で先ほど四倉先生もアメリカでの問題等指摘されていましたけれども,オーストラリアでも問題になっていますのは学習者の多様化ですね。特に小学校である程度日本語に触れた生徒が中学校に入ったときにまたゼロから先ほど申し上げたように日本でいう中学1年,7年生が必須で語学を選ばなければいけないのでそこで始めて日本語を選ぶ生徒もいますのでそうなるとレベルの違う生徒をどういう風にして教えるかという問題ですね。同じようなことが中学いわゆるハイスクールで日本語を学んできた学生が大学に来た場合にどうなるか。先ほどちょっと申し上げなかったのですが,いわゆる義務教育は日本でいう高校1年までの10年制ですけれども,そのあと11年生,12年生はオーストラリアではSecondary Collegeと呼ばれています。これは義務教育外の日本でいう高校2年,高校3年にあたる学年で,ここでも選択で日本語を続ける学生がいるわけですから,大学で日本語をとる学生は大学に来るまでにもう小学校からずっとやっている学生は一応12年間,小学校6年,ハイスクールの4年,そしてセカンダリーカレッジの2年,12年間勉強して大学に来る学生もいますし,小学校はやらなかったけれどもハイスクール,中学に入ってから6年間やった学生もいますし,最後にセカンダリーカレッジで2年間だけやって大学に来る学生もいますしいろいろな高校の交換プログラムでRotaryですとかAFSだとかそういうプログラムで日本に1年間も留学して,ある程度話す・聞く,の日本語の力はかなりある学生ですとか,ご存知のようにオーストラリアと日本の間にはワーキングホリデーのプログラムがありますので全く日本語の知識なしにワーキングホリデーで日本に来て耳から覚えた日本語でオーストラリアに戻って大学に来て日本語を勉強する学生ですとか,本当に学習者の学習経歴が多様化しています。と,同時に大学からゼロから始める学生もまだおります。これは1990年代の前半までは初心者ですね,大学から始める学生が60%,多いとき70%くらいで既習者は30%ということもありましたけれども,今は全く逆転していまして,既習者が70%くらいで初心者が30%ということになります。こういう現状をどうするかというのが一つの大きな問題になっていましてカリキュラム,シラバス,それから教科書ということにもかなりの影響を与えるということになります。日本語の地位という4番の方ですけれども,政治的にはどうかといいますと,日本とオーストラリアは幸いなことに今のところ政治的な面での軋轢はほとんどありません。たまに牛肉の値段の問題で輸出の問題でもめるとか砂糖の値段の問題でもめるとかそういうことも起こりますけれども一応日本もオーストラリアもアメリカに近い外交姿勢をとっていますのである意味では非常に共通したところがあって,特に問題はないということになります。政治的には日本語はそれほど重要ではないのかというとやはり,政治と経済は非常に結びついていますので経済的な結びつきが強いということからオーストラリア政府としては日本語を非常に奨励するというそういう政策は起こっています。ちなみに今のオーストラリアの副首相ですね,Deputy Prime Ministerというのは連立内閣のNational Partyという国民党の党首ですけれどもJohn Andersonという人は学生時代に日本語を勉強してかなり日本語が堪能な方です。代々オーストラリアから東京のオーストラリア大使館に派遣される外交官,特に大使ですとか公使のレベルで日本語が堪能な方はかなり多くて,おそらく私の印象だけでこれは全く統計学的には調べたことはないですけれども,在外公館のなかでオーストラリアの大使館の方が一番日本語ができる外交官が多いのではないかと思います。それから経済的にはさっき申し上げたように貿易の面で非常に密接な関係にありますから,これはオーストラリアの一般の人々のイメージでも日本というのはオーストラリアにとってなくてはならない貿易の相手国。ちょうど私は戦後すぐの生まれなので,私の小さいころはアメリカが全て,すばらしい国で何でもアメリカ,アメリカという感じでしたけれども,オーストラリアは周りの電化製品なんか日本製品が多いですし,車も1/3ぐらいは日本車ですし,ありとあらゆるところで日本というのが日常生活に密接に結びついていて日本のほうがこれでもかこれでもかと日本のイメージを植えつける必要は全くない。むしろオーストラリアに住めば日本という国の存在感の大きさというのが感じられる,そういう国です。先ほど四倉先生も少し大衆文化ということに触れられましたけれども,オーストラリアでもアニメとかそういうものが非常に人気がありまして,ただ面白いのはオーストラリア人の子供たちは日本のアニメとかそういうものを見てもそれが日本のものであるという意識はないんですね。ですからアニメとかオーストアリアのテレビではセーラームーンだとかドラゴンボールZだとかポケモンだとかそういうアニメは常に朝の子供の時間に流していまして,子供たちはそれを日本からのものという意識ではなくて,オーストラリアで作られたかどこで作られたかは分からないけれども,そういうものはオーストラリアに,自分たちの小さいころから環境の中にあるという意識ですからあんまり日本というものの色がないといいますか,匂いも色もない,何か無色透明の文化のようなうものが浸透しているというような感じがします。日本語学習者の進路ですけれども,いわゆる公・民,公共のいろいろな機関ですね,公務員をはじめとする政府関係ですとか,それから民間関係,いろいろなところに進出しています。公務員ですとDFATとオーストラリアでは呼ばれていますけれど,Department of Foreign Affairs and Tradeですね,外務貿易省と言われていますけれども,いわゆる日本の外務省にあたる外交官になるような人々,それから移民省の人々,それから大蔵省ですとか第一次産業省ですね,あとは日本でいう農林水産省のようなところ,そういうようなところに日本語の知識・日本語を学習した卒業生が入って日本とのいろいろな交渉の時にはいろいろな場面で通訳というよりもむしろスピーチの原稿の素案を書くとか根回しのため日本と事前にいろいろ連絡をするときに,日本の語学のレベルもさることながら日本の知識ですね,日本という国のこと,日本人の仕事のやりかたとかそういうことを理解している人ということで重宝がられているようです。民間の場合も日本の企業でオーストラリアに進出しているところですとかオーストラリアの企業で日本に行っているところですとか,これは何も大企業に限らず小さなところでもかなりのオーストラリア人が日本に行ったり,またオーストラリアにある日本の企業に就職しているようです。またさっき申し上げたようにオーストラリアは州の力が非常に強いところですので,オーストラリアの各州ですね,州の代表事務所みたいなものが日本にありますけどもそういうところにも就職口がかなりあると聞いています。また例えば法学部を出て法律を勉強して弁護士の資格を取って同時に大学にいる間に日本語を勉強した学生が日本のオーストラリアですとかアメリカとかまたは他国籍の法律事務所で法廷弁護士というよりもむしろ企業の顧問弁護士として活躍しているということもあります。それから報道機関に入った卒業生もかなりいます。さっき申し上げたSBSという特別な民族放送局でも,例えば日本の映画を放映するときのその前のいわゆる字幕の翻訳ですとか,そういう映画の半券の交渉ですとかを担当する人として重宝がられているようです。それから教育の面でもさっき申し上げたように初等・中等教育段階で非常に学習者数が多いということで,先生が必要な訳ですから卒業して先生になるという人もかなりいます。ただ残念なのは,大学で優秀な学生に初等・中等段階でのいい日本語の先生になってもらってさらにすそのを広げてもらいたいんですけれども,優秀な,成績のいい学生はだいたいビジネスですとか法律ですとかそういうのを勉強して他の分野にいってしまって,昔日本ではやった言葉ですが『でもしか先生』という,「まぁ先生にでもなるか,先生しかない」というようなある意味では日本語の力があまりない学生が先生になって初等・中等教育で教えるというある意味悪循環が少しあるようです。オーストラリアは観光を一つの国の政策として強く進めていますが観光業が非常に盛んで,特にご存じのように日本からオーストラリアへは観光客が多いので,そういう観光業に従事している卒業生もかなりおります。ちょうど私の大学である助成金に申請して去年の暮れその許可が来たんですけれども,今まで日本語を勉強した学生の追跡調査ですね,今どういうところで何をしているかという調査を今始めたところで,ちょっと今回もちろん間に合わなかったんですけれども,その報告ができましたら国立研究所を通じてまたみなさんにもお知らせしたいと思っています。一度1991年ですか,国際交流基金の援助を得て,これはANUだけで行った小さな調査だったんですけれども,そこで一度“日本語学習者のその後”という調査をしたことがあります。その報告書は一応 Australia Japan Research CenterというANUの機関から英文ですが出されています。少しとばしてしまいましたけれどちょっと簡単に,触れなかった点で一つは初等・中等教育を中心とした語学の奨励ということで1987年にLOTE (ロート) というLanguages other than English 英語以外の言語を奨励しようということで国会で承認を得て,ある特定の言語をもう少しみんなに学んでもらおうということがありまして,その言語は全部アジア言語ではないんですけれど入っていたのはアラビア語,中国語,フランス語,ドイツ語,ギリシャ語,インドネシア語,イタリア語,スペイン語そして日本語ということになります。これらが国の政策としてこういう言葉をもう少し重点的に教えようと,目標としては2006年までに小学校3年生から日本でいう高校1年までの60%の学生がこのうちのどれか一つを勉強するようにと,そして日本でいう高校3年ですねオーストラリアの12年生は15%がどれか一つを勉強するように進めたいと政府が助成金を作りまして非常に力を入れました。そして89年にNALSAS (ナルサス) という別のプログラムを作りまして,アジア言語文化特別教育プログラムとでもいいますか National Asian Languages and Culture Special Assistance Skill というものを作りまして,ここで日本語,中国語,韓国語,インドネシア語を特に重点的に教えて行こうということで,89年のこの政策を機会に非常に日本語,中国語そしてインドネシア語,この3カ国の言葉が多くの小・中学校で教えられるようになりました。最近それに韓国語が加わって少し人気が出てきているようです。以上,ちょっと駆け足でいろいろなことに触れてまとまりがつかない発表になってしまいましたけれども時間もあまりありませんのでこのくらいにしたいと思います。