窪薗晴夫(理論・構造研究系)
木部暢子(時空間変異研究系)
平成23年5月21日(土) 13:00~17:30
平成23年5月22日(日) 10:00~15:00
神戸大学文学部C棟361会議室(神戸市灘区六甲台町1-1)
今回のシンポジウムの導入兼総論として,次の話題を取り上げた。
九州の2型アクセントのうち鹿児島市タイプ,長崎市タイプの2型については,複合語,助詞・助動詞接続形,動詞活用形をふくめて,アクセントの全体像がかなりあきらかになっているが,それ以外の2型については,単語アクセント以外,あまり報告がない。本発表では,熊本県天草市本渡方言をとりあげ,動詞活用形,助詞・助動詞接続形のアクセントについて報告した。
まず,天草方言のアクセント体系は,A型が [○]○ ○[○]○ ○[○]○○ ○[○]○○……,B型が [○○ [○○○ [○○○○ [○○○○……の2型アクセントである。韻律の単位はモーラ。ただし,第2拍目が独立性の弱い拍の場合,A型では,[○]◎ [○◎]○ [○◎]○○ [○◎]○○……,または,[○]◎ [○]◎○ [○]◎○○ [○]◎○○……(◎は独立盛の低い拍)のようになることがある。
次に,動詞活用形,助詞・助動詞接続形のアクセントについては,後接する助詞・助動詞がアクセント的に独立するか,独立しないかという観点から,次のように特徴をまとめた。(1)非独立:ん(否定),た(過去),てん(条件),らるる(受身),さする(使役),させらるる(使役受身),ます(丁寧),やす(丁寧),なす(尊敬),らす(尊敬),ばってん(逆接),ど(推量),よる(進行相),(2)独立:とる(結果相),きる(可能),ゆる(可能),ならん(不可能),ごたる(様態),か等の文末詞,(3)非独立+独立:んじゃった(否定過去)。一般に,アスペクトを表す「よる」と「とる」は同じタイプのアクセントをとるが,天草方言では異なっていて特殊。「んじゃった」は鹿児島ではこれ全体が非独立タイプであるが,天草では「ん(非独立)/じゃった(独立)」のように2つの形態素に切れるようなアクセントを持つ。九州方言の「んじゃった」は「(行か)ざった」に由来すると思われる。これがより分析的な「んじゃった」に変化した際,アクセント面では「ざった(非独立)」を引き継いだのが鹿児島方言,アクセント面まで分析的な性質が及んだのが天草方言であろうと考えられる。
この発表では,鹿児島県甑島方言のアクセント規則を,(i)複合名詞のアクセント規則(複合法則),(ii)外来語アクセント規則,(iii)アルファベット頭文字語のアクセント規則,(iii)文レベルに見られるHigh tone消去規則,以上の4つのアクセント規則に焦点をあてて分析した。(i)-(iii)については東京方言,近畿方言,近隣の二型アクセント体系(鹿児島方言や長崎方言,喜界島方言)との異同を指摘し,(iv)については英語などの強勢言語に見られるリズム規則との異同を論じたと同時に,単語・文節レベルと文レベルのプロソディー構造の関係(interaction)を考察した。また,アクセントを超えた現象として下降調の疑問文イントネーション規則を紹介し,近隣方言との比較を行った。
隠岐島3型アクセント体系では,従来,「鳥,魚,車…」の型にアクセント移動(文節全体の長さに応じて核が右に移動していく規則)が想定されてきた。本発表では,この「鳥,魚,車…」は無核型ではないかということ,一方,これまで無核型とされてきた「雨,鼠,兎…」などの型が,実は第1拍目に核を持つ「有核」型ではないか,という提案を行った。今回は,隠岐島の都万(つま)と五箇(ごか)の2つの集落の方言を取り上げて論じた。
福井市内全域は無アクセント地帯と長い間見なされてきたが,杉藤美代子氏,佐藤亮一氏よって福井市内とその周辺に有アクセントの「三国式」アクセントが存在することが明らかになった。さらに山口幸洋氏によって,その「三国式」なるものは,鹿児島方言と性質を同じくする2型アクセントであるとの報告がなされた。しかし,その後,山口氏はその自説をあっさり棄却し,無アクセントであるとしている。本発表は,福井市周辺部にN型(2型)アクセントがあるのかないのか,あればどんな姿か,を検証した。発表では,福井市から南東方向に離れた越前町小樟(ここのぎ)のアクセントを取り上げ,暫定的な結論として,この方言アクセントは,2~3モーラの短い単語においてはN型(2型)アクセント的な振る舞いを部分的に見せるが,さらに長い名詞や動詞の活用を検討すると,N型(2型)アクセントとは言えない,ということを述べた。
動詞の時間表現をめぐる語形対立の中心にスル-シタの対立がある。対立をになうシタ形は古代語のタリ形にさかのぼる。標準語とともに大多数の日本語諸方言が,このタリ系列をつかっている。琉球方言に属する奄美喜界島方言も例外ではない。ところが,喜界島でも,その上嘉鉄方言をみると,よそジマでヌダン(のんだ),フタン(ふった),シャン(した)とタリ系でいうところに,ヌメン,フレン,センのようなかたちがあらわれる。これらをタリ系とみることはむずかしい。
ヌメン以下のかたちの出発点をかんがえると,タリ系列につきまとうt音とそのバリアントがでてこないこと,それでいながら意味・用法のうえでタリ系列のかたちとかさなることから,古代語ですでにタリ形式におされていたといわれるリ(アリ)形式にたどりつくことができそうである。
この種のリ系のかたちは,現在の奄美・沖縄本島ほかの北琉球方言にはみとめられないが,宮古・八重山などの南琉球方言に存在する。だとすれば,上嘉鉄方言にリ系のかたちが存在することを,周圏分布のなごりととらえる可能性もみえてくる。こうなると,琉球方言全域に,かつてはリ系のかたちがあったこともかんがえられる。さきにふれたタリ形にくらべてのリ形のふるさにてらしても,これは琉球方言の古層のあらわれかたのひとつだろう。
また,おなじリ系の時間表現が,八丈島方言にもあることは,日本語の古層をかんがえるにあたって考慮する必要がある。
上嘉鉄方言のリ系のかたちには,ヌメンのほかにヌメーのようなかたちもある。このことについても検討しなくてはならない。また,古代語とちがって,ナゲン(なげた),シメー(しめた)など,二段活用タイプの動詞からもつくられている。この種の異同の詳細は今後確認したい。
本研究では上海語変調で起きるピッチ下降現象を音響音声学的に記述し,その音韻表示をどのように表すことができるのかを考察した。第1音節の声調が語全体のピッチを決定する上海語の変調現象では,多くのパタンで第3音節以降のピッチが下降する。従来の研究は,このピッチ下降に3つの解釈(【1】自然下降(declination),【2】ピッチターゲットの指定,【3】補間(interpolation))を提案しているが,ピッチ下降に関する客観的なデータはほとんど記述されていないため,どの解釈が妥当であるかを判断することは困難である。
そこで,本研究は3音節語および4音節語の変調を音響音声学的に記述し,上記のどの解釈が妥当であるかを考察した。ピッチの下降スピードを計測した結果,3音節語の方が4音節語よりも下降スピードが速く,4音節語では第3音節に相当する部分が第4音節に相当する部分よりも下降スピードが速かった。この結果は,ピッチ下降部の各音節にピッチターゲットが指定されるという解釈を支持する。