暮らしに生きることば

「多文化共生社会」

皆さんは,「多文化共生社会」という言葉を御存じでしょうか。この言葉が日本で使われ始めたのは1990年前後からであると考えられます。転換点になったのは平成2(1990)年の入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正です。それ以降,例えば,三世までの日系人は日本で就労することが可能となり,これらの人々を中心に,地域に定住する外国人(登録者数)は増加し続けてきました(平成15年末時点で約191万人=総人口の1.5%,法務省入管統計)。その結果,多様な言語・文化背景を持った人々との共存の在り方が問われ始めたというわけです。こうした中,多くの自治体では,国際化に向けた基本指針が立てられ,国際交流協会や外国人に対する日本語教室などの機関・施設が設立されました。やがて,外国籍住民が多く居住する自治体(集住地域)をはじめとして,「多文化共生社会」という言葉が徐々に使われてきました。

昨年(平成16年),総務省は,平成17年度へ向けた重点施策の中で「多文化共生社会を目指した取組等を推進するなど,人と自然にやさしい地域社会づくりを推進する」と述べ,「多文化共生社会」という言葉を初めて公式に用いました。また,日本経済団体連合会では,社会状況の変化(地域の国際化,労働人口の減少,地球的規模の人の流動化等)に応じた外国人受け入れ施策の一大転換(充実)へ向けて,「外国人受け入れ問題に関する提言」を行い,その中で,受け入れ後の対応施策について省庁横断的に考えるための機関として,「多文化共生庁」という新機関の設置を提言しました。

実際のところ,異なる文化やお互いの特性を共に生かしあえる柔軟な社会を築くことは決して容易なことではありません。縁あって同じ地域で生活する外国籍住民が,実は地域経済を支える原動力になっていること。また,多くの文化の共存が,新たな地域文化や豊かなまちづくりに貢献しているということ。そして,こうした状況への理解と協力の下に,安全で快適な共生社会を築くための規則や体制を共に築き上げていこうという覚悟ができた時,「多文化共生社会」という言葉は,暮らしの中に真に生きはじめることになるのでしょう。

(野山 広)