「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会

プロジェクト名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
リーダー名
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系)
開催期日
平成24年11月23日 (金) 10:00~18:00
平成24年11月25日 (日) 10:00~12:00
開催場所
九州大学 箱崎キャンパス 箱崎文系地区 講義棟 202番教室 (11月23日),301番教室 (11月25日)
(福岡市東区箱崎6-19-1)
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発表概要

11月23日 (金)

「漢語呉方言におけるトーンの中和」増田 正彦 (九州大学)

漢語北部呉方言は,多音節語において第2音節以降のトーンがすべて削除されるというタイプのトーンサンディー (tone sandhi) でよく知られているが,第1音節のトーンパターンが他のトーンパターンに置き換わる,つまり第1音節においてトーンパターンの中和が起こるというタイプのトーンサンディーも存在しており,パターン代入 (pattern substitution) と呼ばれている。本研究では,蘇州方言および無錫方言を対象にして,無意味語を用いた実験・調査を行い,両方言のパターン代入規則の実態を明らかにする。その結果から,以下のことを指摘する。

(i) 一部の中和は後続音節のトーンパターンが条件となる。
(ii) 中和の方向性としては,HLH→H,LHL→LHのように簡略化するタイプが多いが,HL→HLHのように必ずしも簡略化とは言えないタイプも見られる。

「声調中和が起きる音声的,音韻的条件について : 漢語方言におけるTone sandhiの類型と地理的分布」岩田 礼 (金沢大学)

漢語方言におけるTone sandhiは“中和”に着目すれば次の4類型のいずれかである。
(α) 文脈依存・局所型  (β) 文脈依存・体系型
(γ) 文脈自由・部分型  (δ) 文脈自由・完全型
α型は北京語の3声変調 (3+3→2+3) のように特定の声調の組み合わせだけが声調中和を生起するタイプ。δ型は北京語の軽声や上海語の“広用式変調”のように,非頭位音節 (又は非末位音節) が零声調化するタイプ。本発表では,主にβ型とγ型について論ずる。
“文脈依存”型では声調中和の実現が前後の声調によって規定されるが,それらの声調の音声的,音韻的特性を明示することはしばしば困難である。北京語の3声変調は,二つの曲折調の異化として説明しうるが,3声変調は北方に広く分布しており,異化では説明できないものも多い。β型における中和の生起条件はさらに複雑であり,音韻論的な定式化を受け付けないことも多い。これは声調調値が変化した一方で,声調交替の規則は調値変化に関わらず受け継がれたためである。γ型は中和の実現がそのような環境の制約を受けないタイプであるが,“tone clock”と呼ばれる声調交替を発展させた方言群もある。γ型とβ型は地理的に連続分布し,いずれも中和の結果が平板調(leveling)であることが多い。

「韓国語の麗水方言におけるアクセント中和」姜 英淑 (松山大学)

韓国語の麗水方言の名詞のアクセントは,最初の2音節が高く発音される型 (α) と次末音節のみが高く発音される型 (β) が対立する,「2型アクセント体系」である。本発表では,この方言の名詞単独,助詞付き及び複合名詞において以下のアクセント中和が起こっていることを述べる([は音調の上昇,]は音調下降を示す)。

  1. 2音節名詞単独形におけるアクセント型の区別が保たれていない。
    α:[i]ma (額) ←本来はHH
    β:[na]mu (木) ←本来はLH
    →本来HH及びLHのものが,慶尚道方言でも広く見受けられる「語末音節が高い音調型を避ける」という現象により,語末のHが1音節前にずれた結果,単独形の区別を失ったと解釈する。
  2. α系列の中には,助詞が付いて文節の長さが4音節以上になると文節全体で次末音節まで高い「HHHL/HHHHL」で発音される例が多くある。これは,慶尚道方言でも広く観察される「文節単位で次末下降にしよう」という働きによるものであり,α系列も「次末下降型」へ中和が起こりつつあると考える。
  3. X+Yの複合語形成において, (1X(β)+1Y(α)=αを除き) 基本的にX+Y=Xの規則が成り立つ。しかし,Yが2音節以上になると,Xがαであっても,ほとんどがβになる。

「北ゲルマン語におけるアクセント対立の消失 : デンマーク語とノルウェー語の資料から」三村 竜之 (室蘭工業大学)

北ゲルマン語は,その他のゲルマン語と同様,ストレスアクセントを有するが,強勢の現れる音節に「喉頭緊張」や「音調変動」など種々の特徴を伴い,音韻論的対立を生み出しうるという点で特異である。
このような北ゲルマン語の中から,本発表では「喉頭緊張」を有するデンマーク語 (標準方言) と「音調変動」を有するノルウェー語 (標準方言及び南西部方言) を取り上げ,発表者がフィールドワークにより採取した一次資料に基づき,これらの言語おけるアクセント対立がどのような条件下で失われるかを詳細に論ずる。
そもそも「喉頭緊張」と「音調変動」のいずれも当該音節における強勢の存在が前提となっており,従ってリズム上の制約や談話構造,複合語形成等が要因となり語本来の主強勢が消失し,その結果アクセント対立は失われる。
なお,北ゲルマン語における「喉頭緊張」と「音調変動」は通時的には起源を一にする現象であるが,興味深いことに,後者においてはアクセント対立の消失の条件として強勢の度合いが関与する (主強勢か否か) 一方で前者にはそのような相関関係は見られない。

青井隼人 (東京外国語大学) 「宮古多良間方言における名詞アクセント型の中和」

本研究では,宮古多良間方言の名詞アクセント型の中和ついて,特にどのような環境で中和が生じるのかに焦点を当てて記述する。
多良間方言は三型アクセント体系を持つ。「2モーラ名詞+2モーラ助詞+述語。」の環境における各アクセント型のピッチパタンは次のように一般化できる。A型:文節全体が高ピッチ,B型:助詞の2モーラ目でピッチが下降,C型 : 名詞の2モーラ目でピッチが下降。3つの型が明瞭に区別されるためには単独で2モーラ以上の助詞が後続することが条件となる。言い換えると,単独で1モーラの助詞 (主格助詞nu) あるいは1モーラ助詞の連続 (主格 nu + 焦点du) が後続する場合にはアクセント型の中和が生じる。ただし両条件で起こる中和は互いに異なっており,前者ではA型とB型が,後者ではB型とC型が中和する。
本研究では,青井 (2012) で観察された「当該名詞+助詞+述語。」以外の環境,すなわち当該名詞の単独発話および「当該名詞+助詞。」という環境において,どのようなアクセント型の中和が生じるのかを記述する。

「南琉球宮古語池間方言におけるアクセント型の中和と合流」五十嵐 陽介 (東京外国語大学),田窪行則 (京都大学),ペラール・トマ (CRLAO)

本研究の目的は,南琉球宮古語池間方言 (池間方言) の名詞アクセント体系が共時的にはアクセント型の中和に,通時的にはアクセント型の合流に特徴づけられていることを示すことにある。
池間方言は3種類のアクセント型 (α型,β型,γ型) が区別されるいわゆる三型体系を有する。この方言では,多くの環境でα型とβ型の区別が失われる。この中和には2モーラフットに基づくリズム構造が重要な役割を演じている。
松森晶子の提唱する類別語彙との対応を検討すると,B系列とC系列は,β型とγ型にそれぞれ対応するが,A系列に対応するα型の語数は極めて少数であり,A系列の大部分はα型ではなくβ型に対応することがわかる。この事実は,池間方言がA系列とB系列が合流する過程にあることを意味する。この合流には語彙の偏りが見られる。具体的には,A系列の語で,方向,時,数,親族名称を表す語,および動詞起源の転成名詞のほとんどは合流せずにα型で実現される。

11月25日 (日)

「鹿児島方言におけるアクセントの中和」窪薗 晴夫 (国立国語研究所)

鹿児島方言は長崎方言と同様に,単語の長さとは無関係に2つのアクセント型が存在する「2型アクセント体系」を有する。この方言ではアクセント型の中和はこれまで報告されたことがなく,1音節語であっても「日,葉,碁,十 (とお),銃」 (下降型 : A型) と「火,歯,五,塔,十 (じゅう) 」 (中平型 : B型) の区別があるとされる。また複合語では伝統的な複合法則によって最初の形態素のアクセント型が継承され,「ドイツ共和国連邦」 (A型) と「アメリカ合衆国連邦」 (B型) のような長い語であっても,アクセントの区別が失われることはない。しかしながら発表者の近年の調査によると,次の3つの環境・状況でアクセント型の中和が起こっていることが明らかとなった ([はピッチの上昇地点を,]はピッチの下降地点を表す)。本発表では,中高年話者にも一般的にみられる (i) の現象に焦点をあてて,鹿児島方言のアクセント中和現象を分析する。

(i) 人の名前を呼ぶときの呼びかけイントネーションにおいて,B型の語がA型化したり (B型 : はる[お→は[る]お vs. A型 : な[つ]お),逆にA型が半ばB型化する (A型 : [ばあ]ちゃん → ばあ[ちゃ]ん,B型 : おばあ[ちゃん→ おばあ[ちゃ]ん)。
(ii) 若年層においては1音節1モーラ語 (日,葉 vs. 火,歯) の単独発音においてアクセント型の区別が保たれていない。
(iii) 若年層の複合語発音において,アクセントの中和が起こり,たとえば「赤信号 (A型) 」と「青信号 (B型) 」がともにA型で発音され,逆に「社会党 (A型) 」と「公明党 (B型) 」はともにB型で発音される。

松浦年男 (北星学園大学) 「長崎方言におけるアクセントの中和」

長崎方言は語内にピッチの急下降を含むA型と,含まないB型という2つの型を持つ二型アクセント方言のひとつである。この方言の複合語は,鹿児島方言と同様,前部要素の型が複合語全体の型になる (ピッチの上昇と下降はそれぞれ [ と ] で表すが,B型は全体が平板で実現するため語末に=を付して表す)。

ハ]ー(A)→ハ[ザ]クラ (葉桜,A),[ユ]キ(A)→ユ[キ]マツリ (雪祭り,A)
ネ=(B)→ネグサリ (根腐り,B),サル=(B)→サルムシ=(猿虫,B)

ただし,鹿児島方言とは異なり,前部要素が3モーラ以上になると,前部要素の型がA型であっても複合語全体はB型になることも指摘されている。

ギ[タ]ー(A)→ギターブ= (ギター部,B),イワシ(A)→イワシツリ= (イワシ釣り,B)

本発表では,このような複合語における中和現象について発表者の行った調査の結果をもとに検討を行い,複合語の中和現象は複合名詞の場合には観察されるが,複合動詞の場合には観察されないことを指摘する。

ツ[カ]ウ(A)→ツ[カ]イコム (使い込む,A)

「アクセントの式の中和 ―中央式アクセントと垂井式アクセントの中間アクセント―」新田 哲夫 (金沢大学),中井 幸比古 (神戸市外国語大学)

中央式 (京阪式) アクセントは「アクセント核」と「H式・L式」という文節全体にかかる「式特徴」という音韻特徴をもつ。「垂井式アクセント」と呼ばれるものには種々のタイプがあるが,歴史的には中央式アクセントから発生し,「式」の対立が消失しているという共通点がある。この発表では,中央式アクセントと垂井式アクセントの中間アクセントを取りあげる。中間アクセントは,(a)京都府京丹波町に存在するタイプ,(b) 福井県敦賀市周辺に存在するタイプの2種ある。中間アクセントを見ることによって,(1)~(3)のことを結論として述べる。

  1. 中和の起こる環境
    (a)のタイプは句頭では対立が保たれ,句中で式の対立が中和する。(b)のタイプは句頭で対立が中和し,句中では対立が保たれる。
  2. 式中和の方向性
    (a)のタイプ,(b)のタイプともL式の特徴が変化して,H式に合流している。ただし,L式の音声特徴である「低接性」,「上昇性」については,(a)では句中では「低接性」「上昇性」ともに消失し,句頭で「上昇性」が残り,(b)では「上昇性」が先に消失し,「低接性」が残って句中で対立が現れる。
  3. 垂井式→中央式 or 中央式→垂井式
    (a)は 2地点のみの狭い分布域,中央式→垂井式という世代差が見られないことから,接触によって発生した。(b)は垂井式の敦賀市を取り囲むように分布している,句中で対立が保たれていることは一種の複合保存であることから,中央式→垂井式の歴史変化の途上にあると考えられる。