解説:アクセントの平板化

最近,若い人を中心に「彼氏」「美人」などの言葉が,昔とは違って平らなアクセントで発音される傾向が見られます。これはどういうことなのでしょうか。アクセントとは何かということも含めて,順に見ていくことにしましょう。

日本語のアクセントとは

「雨」と「飴」はどちらも「アメ」と読む同音異義語ですが,実際に声に出して読んでみると,声の高さにはっきりと違いが出ます。NHKのアナウンサーなら,「雨」は「ア」が高く「メ」が低い,反対に「飴」は「ア」が低く「メ」が高い,ということになるでしょう。このように,声の高さの高低として捉えられるのが,日本語のアクセントの特徴です。

とはいえ,アクセントには地域差がありますので,ここではNHKのアナウンサーが話すような標準的なアクセントをとりあげることにします。

声の高さの下がり目がポイント

それでは,「ア」や「メ」のように仮名一字で表される音の一つひとつについて,ここは高い,ここは低いと決っていることがアクセントなのでしょうか。

実は,そうではありません。言葉として大事なのは,むしろ声の高さが高から低へと変化する下がり目の方なのです。個々の単語にこのような下がり目があるのかないのか,あるとすればどの位置にあるのか,ということがアクセントとしては重要です。アクセント研究の世界では,下がり目のあるものを起伏式アクセント,下がり目のないものを平板式アクセントと呼んで区別しています。

平板式アクセントの見分け方

例えば,「イノチ(命)」は高低低,「ココロ(心)」は低高低のように,高から低への下がり目がありますから,アクセントはどちらも起伏式です。これに対して,「オトコ(男)」「サクラ(桜)」は低高高で下がり目がありませんから,両方とも平板式と言いたいところですが,これらに助詞の「が」を付けてみてください。「オトコガ」は低高高低,「サクラガ」は低高高高となって,明らかな違いが現れます。

「オトコ」は語末の「コ」の後に下がり目がありますので,実際は起伏式だったわけです。結局,助詞を付けても最後まで下がり目の現れない「サクラ」だけが平板式ということになります。

アクセントの平板化とは

「トショカン(図書館)」のアクセントを例にとりましょう。この語はもともと「ショ」の後に下がり目のある起伏式アクセントだったはずですが,最近では平板式の発音も多く聞かれるようになりました。読者のみなさんの発音はいかがでしょうか。このように,従来,起伏式で発音されていた語のアクセントが,平板式に変化していく現象を指して「アクセントの平板化」と呼んでいます。

平板化はなぜ起こるか

東京の言葉を中心に,アクセントの平板化は大きな流れとなって進行しています。それでは,このような変化はなぜ起こるのでしょうか。難しい問題ですが,まず考えられるのは,記憶の負担や発音の労力を軽減して,「コスト削減」あるいは「省エネ」で行こうということです。起伏式の場合,個々の単語ごとに下がり目の位置を覚えなければなりませんが,平板式はその必要がありません。また,下がり目が無ければ,発音の労力もその分だけ減って楽になるということでしょう。

平板化アクセントの印象は

ところで,「サーファー」「モデル」「バイク」「ビデオ」といった外来語のアクセントの平板化については,「専門家アクセント」という面白い指摘があります。平板化がいち早く起こるのが,その単語を普段からよく使う人たちの間であり,ある種の単語のアクセントを平板化することが,その分野によく通じていることの目印になるというのです。また,例えば「バイク」を平板式で発音する人たちの間には,仲間意識が育つことにもなるといいます。

起伏式アクセントは,平板式に比べて確かに際立って聞こえます。それを平板化して滑らかに発音すれば,どこか特別扱いを解除したような気分になるのでしょう。ある種の単語を発音の面でも自明のようにさらりと扱うことが,自分が専門家であるとアピールすることにつながる,そんな意識が働いているのかもしれません。

(相澤 正夫)