所長メッセージ
田窪行則前所長のあとをうけて2023年4月から第10代の所長を務めることになりました。よろしくお願いします。
2023年は大学共同利用機関法人第4期中期計画期間 (2022-2027年度) の2年目にあたります。国語研は「開かれた言語資源による日本語の実証的・応用的研究」という総合テーマのもとにさまざまな個別テーマの共同研究をすすめています。これらについては、このホームページの「研究活動」をご覧ください。以下では所長としての初メッセージとして、私の国立国語研究所観をのべたいと思います。
大学共同利用機関の設置目的は、大学単独では導入維持が困難な大型研究装置 (例えば加速器、大型望遠鏡など) や貴重な文献、研究資料を収集することによって、大学に所属する研究者の活動を支援することにあります。そして、この目的を十全に実現するためには大学共同利用機関に属する研究者が自ら先端的な研究を実施する能力を身につけていなければなりません。その結果、大学共同利用機関には公共性と先端性の両面での貢献がもとめられることになります。これにくわえて、総合研究大学院大学への参画をとおして先端的な研究を担う次世代の研究者を養成することも大学共同利用機関には期待されています。
これら三種の貢献のうち、現時点で国語研が十分に要請に応えられていると判断できるのは公共性への貢献でしょう。国語研は、1990年代の終わりから日本語の大規模な言語資源の整備を開始しました。現在では、話し言葉と書き言葉、現代語と歴史的文献、母語としての日本語と外国語としての日本、そして共通語と方言というさまざまな言語変種をカバーする日本語コーパスが一般公開されており、内外の日本語研究者の研究インフラとして定着しています。国語研が開発してきた言語資源には、他に日本語シソーラス、形態素解析用電子化辞書、コーパスデータを利用したワードプロファイラーなどもあります。
こうした言語資源整備の研究は、現在隆盛をむかえつつある DH (ディジタル・ヒューマニティーズ)、すなわち人文学関係資料の電子化・共通規格化と共有化活動の目的と軌を一にしており、DH を重要な活動目標のひとつに掲げる最近の人間文化研究機構の活動とも高い親和性を保っています。
次に次世代研究者の養成については、本年度から国語研は総合研究大学院大学に参加し「日本語言語科学コース」 (博士後期課程、定員3名) を設置しました。この大学院は、日本語をデータに基づいて客観的・定量的に分析することのできる研究者の養成をめざすもので、国語研が蓄積した言語資源と研究ネットワークを活用することによって、理論・実験・フィールドワーク・社会調査・コンピュータシミュレーション等の融合によって言語分析をおこなう能力の涵養を試みます。
最後に研究の先端性はどうでしょうか。私は、この面で国語研の活動が十分であると断言することには躊躇を覚えます。というよりも、大学共同利用機関へ移行して13年を経たばかりの国語研について研究成果の正確な評価を下すのはやや時期尚早かもしれないと考えています。思うに、言語学や日本語学領域でおこなわれた研究の卓越性を正しく評価するには、発表後ある程度の時間を経ることが必要であり、その時間は短くとも10年、平均で20年ほどであろうと思われます。つまり情報科学などとは評価実施タイミングのタイムスケールが大幅に異なっているのです。
このように考えれば、大学共同利用機関としての国語研の研究成果の真価が評価されるのは、ちょうどこれからだということになります。人文系の業績評価には様々な問題がありますが、IR (Institutional Research) を活性化して、自分の姿を正しく把握できる研究所でありたいと考えます。
最後に私自身に触れましょう。私は音声の実験研究と言語資源の研究開発を専門としてきました。そこで培ってきたやや自然科学や情報科学よりの言語研究の知見とノウハウをよい形で今後の国語研に活かせればと思います。まずは研究所員とともに、国内外の先端的研究の動向をみすえたうえで、過去の実績にとらわれることなく、国立国語研究所の社会的・科学的使命を再吟味することからはじめ、そうすることで国立国語研究所の来たるべき heyday に向けた一歩を踏み出したいと祈念しています。
2023年4月
国立国語研究所 所長 前川喜久雄
参考リンク
前川喜久雄「インタビュー : 新しいことを!」
国立国語研究所広報誌『ことばの波止場』vol.13-1 (2023年11月公開)
前川喜久雄「これからの日本語研究と国立国語研究所 : E3P-Linguisticsをめざして」
言語処理学会第30回年次大会招待講演 (2024年3月14日・神戸国際会議場)