百科事典的意味論研究発表会
- 開催期日
- 2024年3月25日 (月) 13:30〜16:30
- 開催場所
- 対面とオンラインのどちらでも参加できる、ハイブリッド形式で開催
- 国立国語研究所 多目的室 (東京都立川市緑町10-2) 交通案内
- オンライン (Web会議サービスの「Zoom」を使用)
- 主催
- 国立国語研究所 共同研究プロジェクト 「実証的な理論・対照言語学の推進」
・サブプロジェクト 「述語の意味と文法に関する実証的類型論」 - 共催
- 科研費 基盤研究 (B) 23H00629「百科事典的意味論に基づくレキシコンの研究 : 大規模コーパスを用いた実証的研究」
- 参加申し込み
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- 200名
- キーワード
- 研究発表会・シンポジウム、オンライン開催、現代日本語、語彙・意味
プログラム
- 13:30~14:45
- 「日本語語彙的複合動詞で表現される複合事象と、表現されない複合事象」
- 松本 曜 (国立国語研究所、総合研究大学院大学)
- 15:00~16:15
- 「百科事典的意味観の系譜 : 日本における研究を中心に」
- 籾山 洋介 (南山大学)
発表要旨
- 「日本語語彙的複合動詞で表現される複合事象と、表現されない複合事象」
- 松本 曜 (国立国語研究所、総合研究大学院大学)
- 日本語の語彙的複合動詞において、どのような動詞の組み合わせが許されるのかは、大きな課題の一つとして研究されてきた。この発表では、フレームとコンストラクションのアプローチから、この問題に対してどのような説明をすることができるかを考察する。
陳・松本 (2018) は、語彙的複合動詞の組み合わせについて、フレーム的整合性の制約とコンストラクション的制約の両方の面から考察した。前者は、世界知識における整合性、後者は言語的単位の形式と意味に課せられた制約のことである。陳・松本は、意味を語彙的意味フレームとして捉えることにより、百科事典的知識を用いて、意味的な整合性の制約を説明できるとした。たとえば、「たたき壊す」のような手段・目的型の複合動詞でどの組み合わせが可能かについては、どのような状態変化が、どのような使役手段によって実現させることができるかについての世界知識が参照されているとした。しかし、このようなフレーム的整合性のみで、意味的な制約をすべて説明できるわけではない。大規模コーパスを使ってどのようにして人がものを壊すことができるかを調べると、複合動詞化していない使役手段・目的の組み合わせが数多く見出される。
この発表では、JaTenTen corpus (84億語) から「Vて壊す」「Vて落とす」など複合化していない手段・目的の表現を抽出し、それと複合動詞との比較を行った結果を報告する。その中で、両者が可能である場合にどのような意味の違いが見出されるか (「叩いて壊す」と「叩き壊す」、「突いて落とす」と「突き落とす」) 、また前者が可能なのに後者が不可のケースとしてどのような場合があるかを考察する (「落として壊す」「ぶつけて壊す」「触って壊す」 vs 「*落とし壊す」「*ぶつけ壊す」「*さわり壊す」) 。その考察から、手段・目的型の複合動詞の意味においては、より直接的な因果関係にある手段・目的の組み合わせのみが許されていることを指摘する。これは直接的な因果関係のみが単文の構文において表現できるとする制約 (Goldberg 1995, Matsumoto 1996, Wolff 2003, Wunderlich 1997, など) の反映と考えられ、複合動詞というコンストラクションに課せられた制約として捉えることができる。二つの動詞の項の共有に関しても一定の条件 (あるいは選好パターン) が見いだされるが、それも、直接的な因果関係の制約の反映であると考えられる。さらに、特定の意味のみが実現するという語彙化が見られることも指摘する。これは、複合動詞がレキシコンに登録されているとするコンストラクション形態論の考え方を支持する。
- 「百科事典的意味観の系譜 : 日本における研究を中心に」
- 籾山 洋介 (南山大学)
- 本発表は、百科事典的意味観について、学説史における位置づけを行うことを狙いとする研究の一部として、特に、服部四郎、国広哲弥らによる意義素論に注目し、百科事典的意味観に対する先駆的な面を有することの一端を明らかにする。
まず、慣習性 (ある語等の表現の (百科事典的) 意味が言語共同体で共有されている程度) 観点から意義素論を検討し、意義素論の基本的な考え方は、意義素として認められる特徴は、慣習性の程度が完全である、あるいは完全に近いものに限られることを確認したうえで、国広哲弥は意義素として慣習性の程度が完全ではないものも認めており、百科事典的意味観と親和性があることを示す。
続いて、意義素論は、意味の基盤として身体性を重視する認知言語学の基本的な考え方、特に、指示対象に対する他者の関与 (相互作用) の仕方を考慮する百科事典的意味観に対する先駆的な面を有することを示す。
さらに、一般性 (ある語の百科事典的意味を構成する要素が、その語が表す対象 (カテゴリー) のどれだけの成員に当てはまるかという程度) の観点から意義素論を検討し、意義素論の基本的な考え方は、一般性の程度が完全な意味のみを認めるということを確認したうえで、意義素論においても、語の具体的な分析を通して、一般性の程度が完全でない意味 (典型例が有する特徴) への考慮が見られ、百科事典的意味観に対する先駆的な面を有すると考えられることを見る。
(なお、本発表は、以下の文献の内容に基づくものである。
籾山洋介 (2024) 「百科事典的意味観の系譜 (2) ―「意義素論」を中心に―」、『アカデミア』 (文学・語学編) 第115号、pp.1-36、南山大学)
主な引用文献
川本茂雄、國廣哲彌、林大 (編) (1979) 『日本の言語学 第5巻 意味・語彙』大修館書店
國廣哲彌 (1982) 『意味論の方法』大修館書店
国広哲弥 (1997) 『理想の国語辞典』大修館書店
服部四郎 (1960) 『言語学の方法』岩波書店
服部四郎 (1968) 『英語基礎語彙の研究』 (ELEC言語叢書) 三省堂
服部四郎 (著) / 上野善道 (補注) (2018)『日本祖語の再建』岩波書店
山田進 (2017) 『意味の探究』くろしお出版