日本語学習者のコミュニケーションの多角的解明
- 略称
- 学習者のコミュニケーション
- プロジェクトリーダー
- 石黒 圭 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
- 実施期間
- 2016年4月~2022年3月
- キーワード
- 日本語教育,コミュニケーション
- 関連サイト
概要
研究目的
このプロジェクトの目的は,外国語として日本語を学ぶ学習者のコミュニケーションの実態を解明し,それを学習者の支援に役立てることです。
どうしてこの研究が必要なのかと言うと,日本語教育の教材を作るにしても,日本語教育の教室で教えるにしても,日本語学習者がどのように日本語を学んでいくのか,その過程を,日本語教師はデータに基づいて正確に把握する必要があるからです。
日本語教師が「たぶんこんなふうに学んでいるのだろう」と当て推量で教材を作ったり,シラバスを考えたりすると,学習者にとって学びにくい教材やシラバスになりがちです。しかし,学習者がどのような過程を経て日本語を習得していくのか,その途中でどのような誤りをするのか,といったことを示す多様なデータが活用できるようになると,教育の質が向上します。
そのためには,学習者の学習実態を反映したデータが必要です。そうしたデータは学習者コーパスと呼ばれますが,日本語教育の世界では,学習者コーパスの整備が遅れているのが現状です。
とくに整備が遅れているのが,会話のコーパスと理解のコーパスです。学習者が書いた文章である作文コーパスは収集が比較的容易なので,整備はかなり進んでいるのですが,会話コーパスは文字化作業が大変なので,数も少なく規模も小規模です。また,会話分析にとって重要な情報である音声や映像などもほとんど公開されていません。したがって,規模の大きなコーパスや,音声や映像のついたコーパスを公開することをめざしています。
理解のコーパスも整備が進んでいません。作文は文字,会話は音声が残りますので,表現のコーパスは考えやすいのですが,読解や聴解は,頭のなかの処理ですので形になりません。そのため,理解のコーパスをどのように設計し,頭のなかの処理を可視化するのかが,理解コーパスを構築するうえで重要で,現在さまざまな工夫を試みているところです。
以上のように,学習者コーパスを会話と理解を中心に構築・公開することが,学習者のコミュニケーションの実態解明と日本語教育の支援につながることから,私たちはこのプロジェクトを推進しています。
研究計画・方法
このプロジェクトでは,日本語の学習者コーパスを整備し,それをもとに学習者の日本語習得の仕組みを分析し,教材開発を行います。そうした研究活動を円滑に遂行するために,このプロジェクトには,3つのサブプロジェクトが設けられています。1つ目は「日本語学習者の日本語使用の解明」,2つ目は「日本語学習者の日本語理解の解明」,3つ目は「日本語学習のためのリソース開発」です。
1つ目のサブプロジェクト「日本語学習者の日本語使用の解明」では,日本語学習者がどのように話したり書いたりしているかという表現を,学習者コーパスとして構築しています。この学習者コーパスには2つの柱があります。1つの柱は,学習者の自然会話コーパスで,それをもとに学習者の会話能力を明らかにします。音声や映像を備えており,イントネーションやアクセントなどのパラ言語,身振りや視線などの非言語も含めて分析の対象にできます。もう1つの柱は,世界中の日本語教育機関を回って広く収集した対話・作文コーパスで,それをもとに多様な言語を母語とする学習者の日本語習得過程を相互に比較しながら分析します。
2つ目のサブプロジェクト「日本語学習者の日本語理解の解明」では,日本語学習者がどのように読んだり聞いたりしているかという理解を,学習者コーパスとして構築しています。表現では,録音の文字化や作文のように産出結果 (プロダクト) を対象にすることが多いのですが,理解では,理解過程 (プロセス) を対象にするところに特徴があります。その場合,理解した内容をその場で母語に翻訳したり説明したりするなど,学習者の母語を活かした手法を用いて,理解コーパスを構築しています。
3つ目のサブプロジェクト「日本語学習のためのリソース開発」では,2つ目のサブプロジェクトの成果を応用した Web 版の読解教材・聴解教材の開発を行っています。また,認知言語学や対照言語学などの知見を活かし,日本語の基本動詞が持つさまざまな意味を図解なども用いてわかりやすく解説する音声付オンライン辞典も作成し,多様な母語を背景とする学習者の日本語学習に役立てていきたいと考えています。