令和7年度 第1回
「危機言語の保存と日琉諸語のプロソディー」合同研究発表会

- 開催期日
- 2025年8月21日 (木) 15:00~17:00、22日 (金) 9:30~15:10
- 開催場所
- 対面とオンラインのどちらでも参加できる、ハイブリッド形式で開催
- 琉ラボ (琉球大学 千原キャンパス 地域創生総合研究棟1F) 交通案内
- オンライン (Web会議サービスの「Zoom」を使用)
- 主催
- 国立国語研究所 共同研究プロジェクト 「消滅危機言語の保存研究」
- 国立国語研究所 共同研究プロジェクト 「実証的な理論・対照言語学の推進」
・サブプロジェクト 「日本語・琉球語諸方言におけるイントネーションの多様性解明のための実証的研究」
- 参加申し込み
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いただいた個人情報は、個人情報保護ポリシーに則り厳正に取り扱います。- 定員
- 対面参加は30名 (定員に達した時点で、対面参加は締め切らせていただきます)。
- 参加費
- 無料
- お問い合わせ
- h-oshima[at]ninjal.ac.jp ([at]を@に変えてください。)
- キーワード
- 研究発表会・シンポジウム、オンライン開催、方言、音声、音韻、語彙、意味、文法
趣旨
2022〜2028年度に行う日琉語諸方言の保存研究と、日琉語諸方言のイントネーション研究プロジェクトの共同研究員による研究発表会です。プロジェクト4年目の第1回目の今回は会場を沖縄に移して、両プロジェクトの共同研究員による新しい方言データベースの説明会ならびに言語復興や音声と文法に関する様々な研究発表を行います。
プログラム
- 15:00~17:00
- 説明会 「アーカイブシステムを兼ねた方言データ可視化の新データベースに関する説明会」
- セリック・ケナン (国立国語研究所)
- 現行の「日本の消滅危機言語の語彙データベース」には、コストを含め多くの課題があります。これらの課題をすべて解決できるよう、新たな次世代データベースを構築し、現在、試作段階での運用を試みています。
新システムでは、語彙データセットを単位とし、それぞれに編集用アカウントを付与する仕組みを採用しています。編集者は、Excelファイルをアップロードするだけで容易にデータを登録・更新でき、高い自由度が確保されています。また、本システムはアーカイブ機能も備えており、データセットの更新ごとに、自動でバージョン管理、変更履歴 (changelog) の生成、データアーカイブ (CSV・Excel・メタ情報を含むzip形式) を行います。各バージョンはインデックスページ上で公開・配布され、データの透明性と復元性を担保することで、長期的に信頼性の高い運用が可能となっています。さらに、同源語接続の枠組みである UniCog も実装しており、独立したデータ間に関連性を付与することで、データ全体の価値を高める設計となっています。
2025年8月21日 (木)
- 9:30~10:10
- 研究発表 「静岡・井川方言による昔語りの記録・保存・継承」
- 谷口 ジョイ (静岡理工科大学)
- 静岡市北部の井川地域は、かつて「言語の島」と呼ばれ、語彙や語法に古語 (上代東国方言) の残存が見られるなど、周辺の中部方言とは異なる特徴が見られる。しかし近年、その話者は激減し、衰退・消滅の危機にある。
発表者は、方言学者である故・山口幸洋氏が生前収集した約2,000点の音声資料を遺族から譲り受けた。その中には、70時間を超える井川方言の音声データが含まれており、多くは、1950年代〜80年代に録音された自然談話資料であった。本発表の前半では、当時の資料から明らかになった井川方言の特徴について、その概観を示す。後半は、地域コミュニティと協働で行っている継承保存のためのプロジェクトを紹介する。
2025年8月22日 (金)
- 10:10~10:50
- 研究発表 「危機言語調査における「挨拶表現」ドキュメンテーションの課題 : 沖永良部・宮古での経験をもとに」
- 岩﨑 典子 (南山大学)、大野 剛 (アルバータ大学)
- 本発表では危機言語における「挨拶表現」のドキュメンテーションについて考える。最初に「挨拶」や「挨拶表現」という概念自体が一枚岩ではないことを指摘する。例えばある表現が定型的であるかどうかが収集されるデータに影響をあたえる。言語表現には多様性があり、流動的であることは周知のことであろうが、定型的でない表現は、挨拶表現ではないという認識が話者にも研究者にもありがちで、挨拶として記録されない可能性がある。次に琉球諸語と日本語、琉球とヤマトの間に現存する力関係の影響も否定できない。研究者の多くがマジョリティー (ヤマト) に属し、抑圧者側の言語の話者であり、その存在自体が、日本語を話す環境、あるいは日本語をモデルとした表現を使う環境を作ってしまっている可能性に留意する必要がある。さらに普段はあまり使わないが「本物」と感じられる古い表現、あるいは丁寧な表現にデータが集中するという結果にも繋がる。言語復興が目的であるドキュメンテーションにおいては、何に「真正性」を求めるべきかという問題にもぶつかる。以上のことを沖永良部・宮古における我々の経験をもとに、言語記録・継承の観点から論じる。
- 10:50~11:00 休憩
- 11:00~11:40
- 研究発表 「南琉球におけるサアリ由来の形式の共時的分析について : 多良間方言と波照間方言の比較を通して」
- 麻生 玲子 (名桜大学)、セリック・ケナン (国立国語研究所)
- 近年の研究により、南琉球のアクセント体系の解明が進みつつあり、とりわけ「韻律語」と呼ばれる単位が数えの単位として機能していることが、南琉球諸方言に共通する特徴として明らかにされてきた。この「韻律語」は、「2モーラ以上の語幹および接語によって写像される」 (五十嵐2016) と定義されるように、韻律的な単位でありながら、形態的構造と密接な関係を持っている。このため、韻律語を踏まえたアクセント体系の記述によって、アクセント単位を成し、アクセント型が指定される形態素の同定も可能となる。すなわち、南琉球諸語においては、韻律的特徴を取り入れた分析を通して、形態的構造に関する新たな洞察を得ることが可能となる。
本発表では、このような研究の進展を踏まえ、「サアリ」に由来する形容表現の諸形式について、その共時的側面の再検討を試みる。具体的には、宮古語の多良間・水納島方言と、八重山語の波照間方言を対象に、言語間の比較を通じて南琉球内部の相対的な差異を明らかにし、「~サアリ」由来形式の分析が抱える問題点について考察・共有することを目的とする。
- 11:40~13:00 昼休み
- 13:00~13:40
- 研究発表 「山梨県奈良田方言における用言の活用形と終助詞の韻律」
- 小西 いずみ (東京大学)
- アクセントの弁別特徴が「上げ核」である奈良田方言を対象に、用言の活用形とそれに後接する終助詞等の付属語の韻律を記述する。特に (1) 形容詞イ形において ⸢ア⸣カイ (赤) など単独では無核型に見える語は、⸢ア⸣カイ⸢ヨ など後接する接語が高くなることから末尾拍に核を持つとみなせること、(2) 1型の「見る」が ミ⸢ル、ミ⸢ル⸣ヨ、ミル⸢ニ⸣ となるなど、一部の終助詞は核による上昇の位置を後ろにずらす音調をとることを指摘し、これらの現象に共時的・通時的考察を加える。
- 13:40~14:20
- 研究発表 「南から北へ ―南琉球諸語の視点から見た北琉球諸語の韻律体系」
- 五十嵐 陽介 (国立国語研究所)、セリック・ケナン (国立国語研究所)
- 過去10数年にわたり、南琉球宮古語・八重山語の韻律体系に関する研究が進展し、宮古語・八重山語の三型体系に共通して観察される特徴が明らかになりつつある。語彙的トーン (lexical tone) の挿入位置をアクセントと定義するならば、A型・B型・C型の3つの型のうち、A型はアクセント無し (unaccented)、B型とC型はアクセント有り (accented) と分析できるのが一般的である。B型とC型の違いはアクセント位置にあり、B型ではC型より後方にアクセントが置かれる。このアクセント位置は、2モーラ以上の形態素 (語彙語のみならず助詞を含む) が写像される「韻律語」という単位に基づいて計算される。南琉球においては、B型のアクセントは文節左端から数えて2番目の韻律語に、C型では1番目の韻律語に置かれる。
一方、北琉球諸語のアクセント位置は、形態素が写像される単位に基づいて記述されてこなかった。しかし、北琉球の三型体系においても、B型がC型より後方にアクセントを持つという点で、南琉球と共通する傾向が見られる。また、北琉球のB型の語彙語では、単独発話では語彙語の最終音節にアクセントがあり、助詞が付加された発話ではそのアクセントが助詞へと移動するという、C型には見られない特徴が広く観察される。興味深いことに、B型の語彙語に複数の助詞が連なる場合、アクセントは最初の助詞に留まり、それ以降の助詞には移動しないことが報告されている。このような事実は、北琉球諸語においても、南琉球と同様に形態素に基づいてアクセント位置が計算されている可能性を示唆する。すなわち、助詞付き発話において、B型では文節左端から2番目の形態素 (最初の助詞) に、C型では1番目の形態素 (語彙語) にアクセントが位置する。この一致は、形態素に基づくアクセント配置という視点から、南北琉球諸語を統一的に記述する理論の構築可能性を示唆する。
本発表では、沖縄語伊平屋方言および奄美語沖永良部方言を中心に、南北琉球諸語に通底する韻律構造の共通性と差異を検討し、両者を統合的に捉える韻律理論の可能性を探求する。
- 14:20~14:30 休憩
- 14:30~15:10
- 研究発表 「琉球諸語のとりたて助詞カラ」
- 狩俣 繁久 (琉球大学)
- 琉球諸語および日本語に格助詞カラと同音形式のとりたて助詞カラのあることが見逃されてきたが、金田章宏・周玥 (2021) は宮古語に格助詞カラと同音形式のとりたて助詞カラがあることを報告している。本発表では、琉球諸語のとりたて助詞を概観し、格ととりたての定義に照らして、とりたて助詞カラが琉球諸語全体に見られること、とりたて助詞カラが文中のものごとを現実世界の類似のものごとの中からとりたてて、文中のものごとが先に実現することを表すとりたての働きがあることを報告する。