日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成
- 略称
- 危機言語・方言
- プロジェクトリーダー
- 木部 暢子 (国立国語研究所 言語変異研究領域 特任教授)
- 実施期間
- 2016年4月~2022年3月
- キーワード
- 言語と方言
- 関連サイト
概要
研究目的
いま,世界中のマイナー言語 (規模の小さな言語) が消滅の危機に瀕しています。現在,6,000から7,000ある世界の言語のうち,半数がこの100年のうちに確実に消滅し,最悪の場合,10分の1,20分の1にまで減ると言われています。その背景には,人口の都市集中化により周辺地域の人口が減少してしまったこと,社会的・経済的理由によりマイナー言語を使っていた人々がその言語の使用をやめてしまったこと,災害や紛争により人々が生まれた土地を離れなければならなくなったことなどの状況があります。
マイナー言語の消滅に関しては,次のような意見もあります。言語の消滅は社会変化の結果であってしかたがない。あるいはもっと積極的に,言語は統一された方が便利だ。危機言語を守る必要はない。
しかし,そもそも,なぜ,言語が多様になったのか考えてみて下さい。おそらく,各地の言語は地域の自然や人々の生活,ものの考え方などに基づいて,長い時間をかけて形成されていったのだと思われます。それらが消滅するということは,長い歴史の中で醸成された人類の智恵が失われてしまうことを意味します。生物の多様性が地球を豊かにしているのと同じように,言語の多様性は人類を豊かにしているのです。
このような状況に警鐘を鳴らしたのが,2009年のユネスコの「消滅危機言語」の発表です。2,500の消滅危機言語のリストの中には,日本で話されている8つの言語―アイヌ語,八丈語,奄美語,国頭語,沖縄語,宮古語,八重山語,与那国語―が含まれています。しかし,消滅が危惧されるのはこれだけではありません。日本各地の伝統的な方言もまた,消滅の危機にあります。これらを記録し,その価値を訴え,継承活動を支援することがこのプロジェクトの目的です。
研究計画・方法
主に次の3つを行います。(1) 日本各地の消滅危機言語・方言の記録を作成すること,(2) これらの言語の特徴を分析すること,(3) 消滅危機言語・方言を残すための方法を考え,各地の継承活動を支援すること。
- 言語・方言の記録を作成するために,各地の語彙集,文法書,談話資料 (語りや会話の資料) を作ります。あわせて録音や録画もとります。録音や録画には,話の内容を文字化したテキストや解説 (これをドキュメンテーションといいます) を付けて記録します。これらの調査や作業は,その言語・方言の話者のかたと対話しながら少しずつ進めていかなければなりません。根気のいる地道な作業です。
- 危機言語・方言の特徴の分析を行うときに重要なのは,標準語の枠組みにとらわれないことです。例えば,奄美・喜界島方言では,1人称複数形に「ワンナー」と「ワーチャ」の2つがあります。「ワンナー」は聞き手を含まない「私たち」 (除外の we ),「ワーチャ」は聞き手を含む「私たち」 (包括の we ) を表します。標準語の「私たち」にはこの2つの区別がないので,喜界島方言が特殊なように見えますが,じつは,中国語やアフリカの言語でもこの2つを区別します。世界の言語と比較すると,喜界島方言は決して特殊な言語ではないことが分かります。
- 言語・方言の継承活動の支援は,講演会やセミナーを通じて行います。講演会やセミナーでは,地域のことばの特徴や価値について発表し,それを次世代に伝えることの重要性や方法を地元の方々と一緒に考えます。2014年からは毎年,地域や文化庁と協力して「日本の消滅危機言語・方言サミット」を開催しています。これは,ユネスコのリストに掲載された8つの言語・方言の記録と継承に係わっている者が一堂に会し,各地の実践報告を行ない,活動の向上をめざすという会議です。